『過敏性腸症候群』について
腹部の症状で心配や不安を抱えている方が少なくありません。
例えば「救急車を呼ぶくらい苦痛があったのですが、搬送先の病院では異常がないといわれてどうしたらよいでしょうか」、「幼少期の頃からお腹の調子が弱くて。これまでにも他の病院でいろいろ検査をしてもらったのですが異常がないと言われるだけでなにも解決していません」、「薬を処方されて服用しているのですが、全然よくなりません」と訴える数多くの患者さんが、当院を受診されます。
なかには、うつ病だから精神科に行くようにと言われ、納得のいかない中学生、高校生や根拠もなく慢性膵炎と診断され、効きもしない薬を何種類も処方されているケースなどにもしばしば遭遇します。
もちろん、見える大腸の病気で、大腸がんや潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患(IBD)など器質的疾患が症状原因になっていないかを大腸内視鏡検査(大腸カメラ)でしっかり確認をしておく必要があります。併せて胃内視鏡検査(胃カメラ)も受けておいたほうがよいでしょう。
なかには、ピロリ菌感染や胃食道逆流症(GERD)、機能性ディスペプシア(FD)、早期慢性膵炎などのほか消化器疾患がオーバーラップしていることも多々あります。
また、腸管(胃や大腸)以外の臓器、主に膵臓にも見える疾患がないかをチェックしておいたほうがよいでしょう。
早期慢性膵炎の有無や膵外分泌能に問題がないか、膵管構造や膵実質の形態に異常がないかを当院では積極的に確かめるようにしています。膵臓由来の腹部症状がある患者さんも少なくないからです。
「過敏性腸症候群」は、なにも特殊で深刻な病気ではなく、ストレスフルな現代社会において非常にありふれた疾患であることを理解しておいたほうが良いでしょう。
自覚、無自覚に依らず様々なストレスに対する防御反応が、「身体症状」として腹部に症状を引き起こす症候群 ‘シンドローム’ としてお考えください。
この疾患分布の実際は、日本人だと周辺アジア諸国と比べて若干多く、割合として10人に1人くらいのありふれた疾患群です。
したがって、なにも肩に力をいれて構える深刻な病気ではありません。ただし、患者さんの心理的要因、ストレスの受け止め方は、当然ながら個人個人で異なるわけですから、それによって症状の内容や程度も十人十色で様々です。通り一辺倒の薬を処方されたから万事が即座に解決するわけではありません。10ある症状が、薬の力ですべてお悩み解決となればよいのですが、先ずは 6~7/10 レベルまで改善することを目指しながら、「焦らず気長に」この疾患のことを理解しながら、上手に付き合っていくことが大切です。
病態としては精神・心理的因子と腸管機能異常や知覚過敏が複雑に絡み合った疾患で、決して単純なものではありませんが、精神・心理的因子は、決して抽象的な暗い話ではなく、神経伝達物質、内分泌物質(ホルモン)、サイトカインといわれる炎症性物質などといった仲介役(メディエーター)が、ひっきりなしにやりとりをしているメカニズムが背景にあります。
目に見えない「ストレス」を抽象ではなく物質としてとらえ、それらストレスや緊張に「過敏」となることでそれらへの防御反応としての身体症状と考えれば、必ずしも暗い「メンタルの病気」として考える必要はありません。
ほかにも、腸内細菌叢の異常(dysbiosis ジスバイオーシス)による粘膜透過性や脳腸相関、免疫システムの活性化と粘膜微小炎症、さらには遺伝子学的要因なども重要な原因メカニズムとして考えられ、まだまだすべてが解明されていない疾患であることも理解しておく必要があります。
だからこそ、いま分かっているひとつひとつの病態を意識しながら、「焦らず気長に」が求められます。薬剤の選択についても、それら作用機序が常に念頭に置かれながら、時間をかけて個々に合った治療薬の継続的な調整も必要です。
食事因子(Food factor)についても述べておきます。食事療法の有効性について、明確なエビデンスが乏しいと言われがちですが、日常の食生活の中にも原因となる因子は必ずあるはずです。
そこで、「FODMAP」については知っておいてもよいでしょう。
- Fermentable(発酵食品)
- Oligosaccharides(オリゴ糖)
- Disaccharides(二糖類)
- Monosaccharides(単糖類)
- Polyols(ポリオール)
これら「FODMAP」は、小腸内で消化・吸収がされにくい糖類の総称です。これらの糖類を多く含む食事を摂取すると、消化されにくい糖類がそのまま大腸に入り、大腸内で発酵し、ガス産生を引き起こしたり、浸透圧によって腸管内腔に水を貯留させることで、便秘・下痢・腹部膨満など、過敏性腸症候群特有の症状を惹起することが言われています。したがって、FODMAP 制限食である「低 FODMAP ダイエット」が有効である可能性もありますので、是非とも食事面からのケアも行ってみてはいかがでしょうか。